「おままごとしよう!」
末っ子によく誘われるのですが、実は私は、おままごとや○○ごっこが少し苦手です(;’∀’)
ストーリーがどんどん変わっていくし、終わりも見えない…
子どもの自由な発想に、つい本当はこうだよ、なんて突っ込んでしまうし、うまく遊んであげられないなぁ…と感じることがよくあります。
我が家には3人の子どもがいますが、
上の2人は年が近かったので、一緒に遊んでくれることも多く
私が一対一で遊ぶ時間はそれほど多くありませんでした。
でも、年の離れた末っ子はそうはいきません。
一緒に遊ぶ時間があることで、自分の苦手分野に初めて気付きました(;^_^A
そんな時、あるママ友と子どもたちが遊ぶ様子を見て驚きました。
子どもの空想に自然と入り込み、次々と話を広げていくのです。
どうしてそんな展開を思いつくの~!? といつもすごいなと思います。
子どもたちもとても楽しそうで、私には到底できないな…と感じました。
母親なら子どもの遊びに上手につきあってあげないと、という思い込みがあったし
私って母親に向いていないのかも…と自分を責めることもありました。
そこで、ジャーナリングをしてみました。
モヤモヤすると、私はとりあえず紙に書いてみるようにしています。
(できる時だけだけど。)
頭の中にあることを書き出してみると、不思議と気持ちが整理されてくるのです。
すると見えてきたのは、「苦手」だけではありませんでした!
私は、物事を整理したり、仕組みを考えたり、形を作ったりすることが好き。
子どもと一緒に片付けをしたり、工作をしたり、お菓子を作ったりする時間は、とても楽しい。
つまり、子どもと関わることが苦手なのではなく
得意な関わり方が違うだけだった!と気付きました(´▽`)
さらに気付いたのは
「母親ならこうあるべき」という自分で作ったものさしで、自分を測っていたことです。
でも、神様のものさしは違います。
聖書にはこんな記述があります。
天が地よりも高いように、わが道は、あなたがたの道よりも高く、
わが思いは、あなたがたの思いよりも高い。
(イザヤ書55章9節)
私は、自分で作った「母親像」に縛られていましたが、
神様は私を、“私”として造ってくださいました。
得意なこともあれば、苦手なこともある。
それぞれ違っていていい。
自分で自分を否定していたら、私を愛してくださる神様は悲しまれるかもしれません。
お祈りをして、ジャーナリングをして、心の中を整理していくうちに、少しずつそんなふうに思えるようになりました。
私は、おままごとが得意なママではないかもしれません。
でも、片付けや工作、お菓子作りを一緒に楽しめるママです。
子どもと笑い合える時間は、多様ですよね( ´∀` )
神様が私に与えてくださった得意なことを生かしながら、子どもたちと関わっていけばいい。
神様が造ってくださった”私らしいママ”でいい。
そう思えた出来事でした♡














