こんにちは🌱たんぽぽです(^^)
自分の職場の補習授業第一弾が終わり
ちょっと、ほっとしているところです(高校の教員です(^^))
さて
昨日は、広島平和記念日でしたね。
毎年、特に、平和について考えるこの季節です。
高校の国語の教材でも、戦争に関する教材があり、
ここ数年、自分がよく扱っているもので、自分としても驚きや発見があった作品を、ひとつ紹介したいと思います🌿
梯久美子氏の「少女たちの「ひろしま」」というエッセイです。
『少女たちの「ひろしま」』内容
内容を紹介すると・・・
石内都氏による写真集『ひろしま』を見て、梯氏が感じたことが述べられているエッセイです。
それは、広島で被爆死した人たちが、その日、身につけていたものを撮影した写真集で、写真集の洋服(スカートやワンピースなど)は若い女性のものが多く、どれも本当にきれいに撮られています。
梯氏はそれに衝撃を受けます。
梯氏は「通常であれば、戦死した人の遺品は、戦争の悲惨さを現在に伝えるものであり、悲しみや怒りを呼び起こし、反省を促し、追悼の思いをかきたてるものだ」という、思い込みがあったといいます。
梯氏は石内氏に直接話を聞く機会を得、なぜあんなにきれいに撮ったのかを聞きます。そこで石内氏は「あの洋服たち、もともとはもっともっときれいだったんだもの」と答えたのでした。
梯氏は「彼女たちは初めから犠牲者だったわけではなく、私たちと同じように陽の光の下で生きていた」「彼女たちにも死ぬ直前まで、丁寧に営まれていた日常があった」という事に気付かされたのでした。
また、当時の少女たちの服装として、もんぺが普通ではないか・・・?と誰しもが思うと思います。
実は少女たちは、スカートやワンピースといった、きれいな洋服をもんぺの下に着込んでいたのでした。
なぜか
生命の危険にさらされた戦時下でも、誰に見せるためでもなく、自分自身のためにおしゃれをしたかった、少女たちの素直な気持ちの現れだったのです。
彼女たちの気持ちに共感した筆者。
それまで、原爆投下の事実が余りにも凄惨過ぎて自分と結びつけて考えることができず、単に犠牲者として見がちだった、ひろしまの少女たちが、今を生きる自分たちと同じ思いで日常を暮らしていたことが分かり、梯氏は、急に彼女たちが身近になったように感じるようになります。
この作品に出会って
私がこの教材に出会ったのは、教員になって6年目でした。
この教材を読んで、自分が一番に驚いたのは、やはり、少女たちが自分自身のためのおしゃれとして、綺麗な服をもんぺの下に着込んでいた・・・という事実でした。
戦争やヒロシマに関する作品は、これまでも幾つか見たことはありましたが、この事に関しては知りませんでした。私も、すぐさま、石内氏の写真集『ひろしま』を購入しました。
「戦争はいけない」と、たくさんの人たちが、様々な角度から平和を訴えてきました。どれも大切なメッセージで、その都度心に深く刻まれるものがありました。
その中で、このエッセイ(と写真集)については、意表を突かれた感がありました。また違った衝撃がありました。ざっくりと大きく歴史を捉える中では見過ごされそうな、少女たちの純粋な、繊細な乙女心。それこそが、「平和への切なる願い」を、見る人読む人にかき立てるようです。
戦時下で亡くなった方々の遺品というのは、やはり、どこか痛々しさは感じられます。
凄惨さを突きつけるだけではなく、綺麗さ・美しさを通して、人が大切にしていた日常・そこにたゆとう彼らの心情を、そっとふわっと、私たちの心に置いていく。そんな作品でした。

「神様、やはり こころ なのですね・・・」
この教材を扱いながら、いつも思っています。(神様につぶやいています笑)
心情が通じるとき、
距離が近くなったり、大きく前に進めるようになったり。問題が解決したり・・・
また
悲痛な叫びが、誰かの心を動かすことも勿論だけれども
誰にでもある普段のやりとり、何気ない日常・・・それを営む精神の中に、かけがえのない財産が埋まっているのでしょう。それが、もの凄い説得力を持つこともあるのだろう。な、と。
何だかとりとめのない感じになってきましたが(^0^;)人 スミマセン
この教材を扱うときは
気持ちが通じたときの奇跡。人間の共感の力。も
生徒に伝えています🌱
最近はAIが表立って出てきて、
相談に乗ってくれたり、優しい言葉をかけてくれたりもします。
しかし、そこに真の「共感」はないと個人的に思います。
神様が人間に与えてくださった、人間の素晴らしい能力を
自分の担当教科を通しても、生徒たちに感じさせたい、伸ばしたい
そんなことを思う昨今なのでした🌿
ここまで読んでくださり、ありがとうございました🕊














