こんにちは✨ルリです😊
今週も主日の御言葉を聞いて来ました!
<本文>
ヤコブの手紙2章26節
『霊魂のないからだが死んだものであると同様に、行いのない信仰も死んだものなのである。』
でした💐
今回は主題と一緒に本文を載せてみましたが…本文にあるように(神様の御言葉を聞いても)行なわなれば、信仰が死んでいる人だ、という内容の御言葉でした😌
皆さんは、神様を信じるようになったら、それだけで平等に神様から有益を配分されるのではないか、と思ったりしませんか…m(_ _)m?
私はそうでした🥲
もちろん信じる事は大きな事です。
神様を信じるようになる事は、信仰が《生まれた》ような状態で、まだ赤ちゃんのため、多くの事は神様や周りの人が助けて守ってくれます。
しかし、呼吸をしたり、ご飯を飲み込んだりすることは赤ちゃんでも自分がしなければなりません。
常に「自分がすべき事は自分がしなければならない」のですm(_ _)m
信仰も資本主義です。
神様は「行なった通りに報いる」という法で全てを治めていらっしゃいます。
信仰の分野でも、自分が努力して行なった分、神様からの有益(祝福)を受け取れるようになっているんですね😊
そして、神様は行なうとしても「神様の御心通りに行ないなさい。」と仰います。
『御心』は神様の心であり、御言葉です。(「愛するから心配するな。」#44)
御言葉を教えて下さる牧師先生も、ご自身で「神様・イエス様を多くの人に伝えるためにアナウンサーになろう!」と考えてその道を行こうとされた時に、サッカーで大怪我をして死ぬしかないような状況になったそうです。
と御言葉で仰っていました。
自分でよくよく考えて、良かれと思って行なった事でもこのような事はあります。
だからこそ、日々神様と祈りで対話し、神様からのお返事でもある御言葉をよく聞いて、神様の心(御心)を知ってしっかり行ないなさいと教えて下さいますm(__)m✨
「働かざる者食うべからず。」
と言いますが…自分を信仰においても貧しくしてしまわないように頑張ろう!と改めて思う今週になっています💐✨
















行なわない人は死んだ人だ