『御心』に流れる《愛》。#120

こんにちは😊ルリです✨

今日も主日の御言葉を聞いて来ました!

主題

神様の御心に向かって行くべきだ

<本文>
マタイによる福音書26章39節
『そして少し進んで行き、うつぶしになり、祈って言われた、「わが父よ、もしできることでしたらどうか、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの思いのままにではなく、みこころのままになさって下さい」。』

〇条件・対価として人間の生をそのように創造しておいたということです。

今週は『御心』についての御言葉でした。


『御心』は「神様の心」のことですが、神様は《愛》の存在体なので、『御心』の根底には常に愛が流れおり、今週の主題のように『御心』に向かって進んで行くと、神様の深い《愛》に出会うようになります。



私は「自分は言葉に長けていない。」という思いがずっとありました。


良かれと思って話しても物事が好転せず、反対に自信をなくして黙っていても、相手を不安にさせてしまったりするので…「言葉」に関する悩みが大きかったです。


ある時「神様の『御心』はいつも愛と通じているから、神様が人とお話をされる時は、いつも愛深くふさわしい言葉でお話されるのでしょうね。私は言葉に自信がないので、どうか私の口を通して神様が話して下さいませんか。」と祈ってお願いしました。


神様は行なった通りに下さる方です。
「条件・対価」で働かれます。


そのため、神様が私の口を通して話して下さるように期間を決めて祈り、「祈ってから人と話す(返事をする)」という訓練をした時期があります。
(この時期の私は返事をするのがものすごく遅かったと思います。笑)


返事があまりに遅いと申し訳ないので、「うーん」「そうだねぇ…」などを多用していました。


「言葉」に関しては本当に悩んでいたため、この事には本気で取り組み、「すぐに返事しなきゃ」という時にも同様の事をしていたので…神様が見るに見兼ねたのか、ある時を境に返事をするのが速くなって行きました。


そして、電話をしながら失言しそうな時は電話が急に切れたり、イヤホンが抜けたり…、人と対話をしていても物を落とす・咳き込むなど、神様が「言葉を話す事」に関して様々に関与して助けてくださっていることを感じるようになりました。


この事を通して、神様が自分自身を愛して下さっていることも感じましたが…
それと同じくらい「神様は本当に人が傷つかないように気を遣い、言葉を選ばれる方だ」という事を感じました。


全ての人に対する神様の《愛》を感じて感動しました。


「やっぱり神様が最高だな!推」
と感じる機会でもありました。


今週は「愛に溢れた『御心』に向かってこれからも神様と一緒に進んで行きたいです!」と神様に告白し、これまで助けてきて下さったことに一層感謝する週になっています😌


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